吾輩は猫である。名はまだない。
だが、この通りに漂う香りだけは忘れない。
豚骨と鶏油とニンニク――それは、町の空気を支配する香り。
今日も店の前に人が並ぶ。
隣の新店舗がオープンしたらしく、
かつての本家、直系、分家、独立系が火花を散らしている。
「うちは“家系の中の家系”だから!」
「いや、うちは“本物のスープ”使ってるから!」
人間というのは、
ラーメン一杯でここまで熱くなれるのかと、
吾輩は湯気の中で首をかしげた。
味の前 系譜で揉める 人の性(さが)
かつてこの路地には、
煮干しそばの店もあった。
だが今は、全方位豚骨包囲網である。
客は「麺かため・味濃いめ・脂多め・白ごはん大盛り」と注文し、
汗をかきながら無言でかき込む。
その背後に立つ吾輩のことなど、誰も気づかぬ。
だが、吾輩にとって重要なのは、
**「チャーシューが落ちるか否か」**ただそれだけである。
戦争が終わるのは、
いつもスープが空になるとき。
どんな系統であれ、
腹が満たされれば、人は静かになる。
夜の店先に、ごはん粒と海苔の切れ端が残る。
吾輩はそれを拾い、しずかに嗅ぎ、
「これは直系の匂い…いや、再現系か」とひとりごつ。
明日もきっと、
このラーメン戦線に、新たな火種が投下されるだろう。
だが、吾輩はどの系統にも属さず、
ただ自由なる“路地裏系”として、
猫の誇りを胸に歩いてゆくのだ。