吾輩は猫である。名はまだない。
年の瀬、飼い主が大きなスーツケースを引きずりながら言った。
「さあ、実家に帰るよ」
そう、吾輩も一緒に“帰省”するのである。
まずは空港へ向かうバス。
だが、乗り継ぎが悪い。
一本逃せば次は三十分後、
吾輩のキャリーの中は早くも蒸し風呂状態だ。
飼い主は焦り、スマホで時刻表をにらみつけている。
吾輩はただ無言で見守る――
猫は慌てぬ。慌てても、バスは早く来ぬのだ。
ようやく空港に着き、飛行機のエンジン音が唸る。
離陸の瞬間、
吾輩の体はふわりと浮き、
窓の外に小さく街が遠ざかっていく。
あの下に、いつもの公園もあるのだろう。
機内では飼い主が小声でつぶやいた。
「早く帰って母のごはん食べたいな」
吾輩は小さく鳴いた。
帰る場所がある――それは、人にも猫にも幸福なことだ。
到着後、地方空港でまたバスを待つ。
冷たい風が吹き抜け、乗り継ぎに間に合わず、
飼い主は肩を落とした。
けれども夜空には星が瞬き、
潮の匂いがふと鼻をかすめた。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが、遠くても帰る家があることを、
今夜あらためて思い出した。
乗り継ぎに 風の手招く 帰り道