吾輩は猫である。名はまだない。
夜更け、飼い主がテレビの前で吠えていた。
「ホームランだ!」「ストライク!」
どうやら“ワールドシリーズ”という戦が行われているらしい。
画面の向こうでは、
白球が風を裂き、歓声が空を揺らす。
選手たちの目は真剣そのもの。
だが吾輩の目には、
あれは巨大な“ネズミ追い”のようにも見える。
飼い主は興奮のあまり、
吾輩の背中をなでながら叫ぶ。
「大谷、やったー!」
吾輩は目を細める。
――あの俊敏さ、きっと猫族の末裔に違いない。
試合は延長戦に入り、
人々の手に汗がにじむころ、
吾輩はあくびをひとつ。
勝ち負けという言葉を、猫は持たぬ。
ただ、風を読み、静かに跳ぶ。
それでじゅうぶんなのだ。
画面が歓喜に包まれ、
飼い主は涙ぐんでいた。
吾輩はその膝の上で、
喉を鳴らしながらこう思った。
人は勝利を求め、
猫は調和を求める。
だがどちらも、生きる喜びのかたちである。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが今日だけは、
この家のチームの一員として、胸を張ろう。
白球や 夢を追う音 夜に響く