吾輩は猫である。名はまだない。
日曜の朝、飼い主はスーツに身を包み、
黒い将棋バッグを抱えて出かけていった。
「今日は職域対抗戦、団体戦だ」と言い残し、
やけに凛々しい背中である。
吾輩は窓辺に座り、
その帰りをじっと待った。
夕方、玄関のドアが開く音――
飼い主の顔は、疲れているのにどこか誇らしい。
「3位だったよ」
その声には、勝ち負けを超えた余韻があった。
手の中の記念楯が、
夕陽を反射して光っていた。
夜、飼い主は対局の再現を始めた。
「この一手、△8四歩が勝負だったな」
吾輩は将棋盤の端に座り、
駒の音を子守唄のように聞いていた。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが、飼い主が少し誇らしげに
湯飲みを手にしたその夜、
勝負の世界にも静かな温かさがあることを知った。
駒響く 心に灯る 三の位。