吾輩は猫である。名はまだない。
今日も、家のどこかで“パチン”という音がした。
これは恐怖の合図である。
飼い主が爪切りを手に吾輩を探しているのだ。
吾輩はソファの下にすばやく潜り込む。
ここは安全地帯。
しかし、飼い主は甘くない。
「そんなところに隠れたって、すぐ終わるよ〜」
その声がやさしいほど、逆に怖いのだ。
ついに捕まった吾輩は、
膝の上で“武装解除”されるように抱えられる。
前足をそっと持ち上げられ、
爪先が光に照らされる。
飼い主が言う。
「大丈夫、大丈夫。すぐ終わるからね」
パチン。
ひとつ音が響く。
――痛くはない。だが誇りが少し痛む。
それでも、飼い主の手つきは丁寧で、
爪が短くなるにつれて、
足先が軽くなるのを吾輩は知っている。
やがてすべての爪が整い、
飼い主は微笑んだ。
「よし、おりこうさん」
吾輩はプイと横を向いたが、
しっぽはつい嬉しさを振ってしまった。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが思う。
爪切りとは、戦いではない。
――愛の“メンテナンス”である。
誇り減り 軽さを得たり 春の爪