吾輩は猫である。名はまだない。
今日、吾輩は試験会場なる場所に連れてこられた。
どうやら「口述試験」なる難関に挑むらしい。
――なぜ猫が?と聞きたいが、
飼い主曰く「君ならできる」。
根拠のない自信ほど恐ろしいものはない。
静かな部屋に案内され、
試験官が三名、真剣な顔で座っている。
「それでは、あなたの経験を聞かせてください」
吾輩は思った。
――経験とは、窓辺で日向ぼっこした回数のことか?
まず聞かれたのは、
「あなたが普段、どのようにリスクを管理していますか?」
吾輩は胸を張って答えた。
「見知らぬ紙袋には近づかない。
窓が開いていれば、飛び出さない。
飼い主の足元には、極力絡まない。」
試験官は深くうなずいた。手応えがある。
続けて問われた。
「チームワークを発揮した経験は?」
吾輩は即答した。
「飼い主が落ち込んでいたとき、
そっと膝に乗ったことである。」
これは完璧な回答であった。
最後にこう聞かれた。
「あなたにとって“信頼”とは何ですか?」
吾輩はしばし沈黙したのち、
「お腹を見せられる相手です」と答えた。
試験官の表情が和らいだ。
どうやら“真実の答え”は言葉より姿に宿るらしい。
試験後、飼い主が走り寄ってきた。
「どうだった?」
吾輩は小さく鳴いた。
全力を尽くした。
それで良いのだ。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが今日、
“伝える”という行為の尊さを学んだ。
問われれば 心で返す 春の声