吾輩は猫である。名はまだない。
飼い主はよく言われる。
「あなた、ほんと人たらしだよね」と。
褒めているのか、呆れているのかは分からぬが、
そのたびに吾輩は思う。
――本当の人たらしは、ここにいる、と。
吾輩は特別なことは何もしていない。
必要以上に鳴かず、
欲しいときだけ近づき、
撫でられたいときには、
ほんの少しだけ背中を差し出す。
それだけで、人は勝手に心を許す。
宅配の人、来客、初対面の獣医殿。
誰に対しても吾輩は同じ態度だ。
警戒しすぎず、
愛想を振りまきすぎず、
ただ「ここにいる」。
すると人は言う。
「この子、不思議と落ち着くね」
人たらしとは、
相手を操作することではない。
期待を押しつけず、
評価を求めず、
そのままで居続けることなのだ。
夜、飼い主が疲れた顔で帰ってきた。
吾輩は何も言わず、
膝に乗り、ただ温度を分けた。
飼い主は深く息を吐き、
「君がいると救われるよ」と呟いた。
それで十分だ。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが、人の心がほどける瞬間を、
吾輩はよく知っている。
寄り添えば 言葉いらずの 人たらし