吾輩は猫である。名はまだない。
世の中には「愛嬌が大事だ」と言う人がいる。
笑顔だとか、気配りだとか、
場の空気を読む力だとか。
なるほど、人間界はなかなか忙しい。
だが、吾輩は思う。
愛嬌とは、作るものではなく、
“にじみ出るもの”ではないかと。
吾輩は特別に笑顔を練習したことはない。
ただ、眠いときは眠そうな顔をし、
嬉しいときはしっぽが揺れ、
構ってほしいときは、そっと近づくだけだ。
それでも人は言う。
「この子、愛嬌あるよね」と。
先日、来客があった。
吾輩は逃げもせず、
かといって無理に近づきもせず、
少し離れた場所で香箱座りをした。
するとその人は、
「わぁ……感じがいい猫だね」と声を潜めた。
愛嬌とは、
相手に安心してもらう距離感なのかもしれない。
出過ぎず、引きすぎず、
そのままそこにいること。
夜、飼い主が言った。
「君はさ、愛嬌で生きてるよね」
吾輩は喉を鳴らした。
生きるのに必要なのは、
完璧さではなく、
ちょうどいい“ゆるさ”なのだ。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが、愛嬌という名の才能だけは、
生まれつき持っているらしい。
肩の力 抜けばにじむや 猫愛嬌