吾輩は猫である。名はまだない。
朝から、飼い主の様子が少し違った。
キャリーが出され、
いつもより声がやさしい。
――これは、病院に行く日である。
今日は「抗体検査」というものを受けるらしい。
どうやら、体の中に
見えない盾がきちんと備わっているかを調べるのだという。
吾輩にはよく分からぬが、
飼い主の顔は真剣だった。
診察台の上は、相変わらずひんやりしている。
獣医殿は落ち着いた声で言った。
「少しだけ採血しますね。すぐ終わりますよ。」
吾輩は耳を伏せ、ぐっと耐えた。
誇りは傷つかぬ。
ほんの一瞬のことだ。
待合室で結果を待つ間、
飼い主はキャリー越しに何度も声をかけてくれた。
「大丈夫だよ」「頑張ったね」
その声が、
吾輩の中の見えない盾をさらに強くしてくれる気がした。
やがて獣医殿が言った。
「抗体、ちゃんとありますよ。問題ありません。」
飼い主は大きく息を吐き、
目を細めて笑った。
家に帰ると、
いつもの水、いつもの毛布、
いつもの日向。
特別なことは何も変わらない。
だが、確かに一つ、
安心という名の重りが置かれた。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが思う。
抗体とは、
体の中にあるものだけではない。
こうして守ろうとしてくれる気持ちも、
確かな防御なのだと。
針ひとつ 越えて深まる 春安心