吾輩は猫である。名はまだない。
ある日、飼い主が床に小さな機械を置いた。
「猫目線カメラ、試してみよう。」
どうやら吾輩の首元に装着し、
世界を“猫の高さ”で撮るらしい。
歩き出すと、
人間の足がやけに大きい。
椅子の脚は森の幹のようで、
ソファの下は立派な洞穴だ。
人間が見落としている通路が、
この家にはいくつもある。
匂いが先に来る。
画面には映らぬが、
床の角、
窓辺の風、
昨日の記憶。
猫目線とは、
視界だけでなく、
感覚の総和なのだ。
飼い主が映像を見て驚いた。
「こんなとこ、通ってたんだ。」
吾輩は思う。
世界は変わっていない。
ただ、
見る高さが違うだけだ。
人間は上から見て判断し、
猫は横から見て理解する。
どちらが正しいという話ではない。
ただ、
低い位置には、
見逃されがちな真実が多い。
撮影が終わり、
カメラは外された。
吾輩はいつもの場所に戻る。
だが、
飼い主の歩き方が少し変わった。
床を見る時間が、
少しだけ増えた。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが今日、
視点を変えるだけで、
世界はずいぶん優しくなると知った。
低き目で 世界を映す 猫の真