吾輩は猫である。
名前はまだない。
新しい車の中は、
少し誇らしい匂いがする。
本革の座面は滑らかで、
光を柔らかく返す。
人間は、
そっと撫で、
満足げにうなずく。
そこへ、
吾輩が乗る。
ふわり。
毛は、
遠慮を知らぬ。
黒にも、白にも、
茶にも、
平等に残る。
人間は慌てる。
粘着ローラーを持ち出し、
ブラシを探し、
ため息をつく。
だが、
毛は悪意ではない。
それは、
吾輩がここに居た証である。
本革は、
時とともに艶を増す。
傷も、皺も、
馴染んでいく。
ならば、
毛もまた、
一時の記憶にすぎぬ。
完璧な状態を、
保とうとするほど、
気持ちは窮屈になる。
使うとは、
受け入れることだ。
吾輩は、
座面の上で丸くなる。
温度はちょうどよく、
静かだ。
やがて、
人間は諦める。
完全には取れぬと知る。
そして、
少し笑う。
吾輩は猫である。
毛は抜ける。
だが、
本革は負けぬ。
上質とは、
共存できる強さのことだ。
革の上
残る毛ひとつ
我が証