吾輩は猫である。
名前はまだない。
朝の工房は、
音が少ない。
道具が並び、
木の匂いが満ち、
まだ何も始まっていない。
やがて、
一つの音が鳴る。
削る音。
打つ音。
測る音。
人間は、
その者を職人と呼ぶ。
多くを語らぬ。
説明も少ない。
だが、
手は迷わない。
吾輩は、
作業台の端に座る。
邪魔はしない。
ただ、
見ている。
職人は、
速さを競わぬ。
派手さも求めぬ。
同じ動きを、
何度も繰り返す。
繰り返しは、
退屈ではない。
精度を上げるための、
静かな蓄積である。
刃物は研がれ、
木は整い、
形が現れる。
偶然ではない。
積み重ねが、
形になる。
吾輩は思う。
本物とは、
説明できぬ安心感だと。
職人の背中は、
大きくもなく、
誇らしげでもない。
ただ、
揺れない。
夕暮れ、
工房はまた静かになる。
出来上がった物は、
語らずとも語る。
吾輩は猫である。
道具は持たぬ。
だが、
磨き続ける姿勢は知っている。
技とは、
見えぬ時間の結晶である。
削る音
背中で語る
年輪よ