吾輩は猫である。
名前はまだない。
夕方になると、
人間の前を横切る。
一度ではない。
二度。
三度。
そして、
皿の前に座る。
人間はこれを、
お腹すいたアピールと呼ぶ。
吾輩は思う。
言葉がなくても、
伝える方法はいくらでもあると。
皿を見る。
人間を見る。
もう一度、
皿を見る。
これだけで、
だいたい通じる。
それでも足りなければ、
少し鳴く。
さらに足りなければ、
足元を歩く。
最後は、
静かに圧をかける。
猫は、
説明しすぎぬ。
だが、
必要なことは伝える。
人間は、
時に遠慮する。
頼みたいのに、
頼まない。
困っているのに、
大丈夫と言う。
だが、
伝わらなければ、
相手には分からぬ。
吾輩は思う。
アピールとは、
わがままではない。
必要なことを、
必要な時に伝えることだ。
ただし、
やりすぎれば逆効果である。
ずっと鳴く。
皿を叩く。
朝の四時に起こす。
そこまで行くと、
交渉ではなく、
圧力になる。
何事も、
ほどほどがよい。
吾輩は猫である。
腹が減れば、
それとなく伝える。
だが、
一度で通じない時は、
少しだけ分かりやすくする。
お腹すいたアピールとは、
言葉がなくても、
相手に届くまで伝え方を工夫する技なのだ。
皿を見て
人見てまた皿
飯まだか