吾輩は猫である。名はまだない。
この家に来て3年になるが、“おとうさん”とは今も目が合わぬ。
吾輩が擦り寄れば「よせよせ、毛がつく」と言い、ソファを占領すれば「またおまえか」とため息をつく。
なのに、今日だけは違った。
家族が「今日は父の日やで」と言ったとたん、彼は少し背筋を伸ばし、
「いや別に、何もいらんけどな…」などと、わかりやすく期待している。
母はネクタイを、子は肩たたきを。
そして吾輩は――そっと、例の“高級ちゅ〜る”を差し出した。
いや、正確には彼が読んでいた新聞の上に乗っただけなのだが、
そこに置いてあったのがたまたま、ちゅ〜るだったというだけの話である。
彼は言った。「おまえも、くれるんか?」
吾輩は、尻尾を一度だけ床に叩いた。肯定とも否定ともつかぬ返答である。
それから彼は、何か考えるように少し黙り――
「…まあ、悪くないな」とだけ呟いた。
父の日に 毛玉一つを 添えてみる
似た者同士は、距離を詰めるのが苦手である。
だが今夜は、彼の足元に丸まって眠っても、許される気がする。