吾輩は猫である。
名前はまだない。
人間は言う。
「フレーユに猫、いないかな」と。
買い物のついでに、
つい視線を低くする。
植え込みの影、
駐車場の隅、
自転車置き場の奥。
いない。
ショッピングモールは、
明るく、広く、
整いすぎている。
猫が身を隠すには、
少し眩しい。
それでも、
探してしまうらしい。
商品よりも先に、
生きものを。
吾輩は思う。
「いないかな」という言葉は、
探すよりも、
会いたい気持ちに近いのだと。
いれば嬉しい。
いなくても、
少し優しくなる。
それで十分かもしれぬ。
猫は、
人が探している時ほど、
姿を見せぬ。
だが、
探す人の足取りは、
少し柔らかくなる。
フレーユの床は冷たく、
風は通らない。
それでも、
「いないかな」と思うその瞬間、
世界は少しだけ猫寄りになる。
吾輩は猫である。
そこには居ぬかもしれぬ。
だが、
探す気持ちは届いている。
猫とは、
いない場所にも、
余韻を残す存在である。
いないかな
探す心に
猫ひとつ