【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―フレーユの猫(いないかな) 編―

2026年3月4日

吾輩は猫である ―フレーユの猫(いないかな) 編―

吾輩は猫である。
名前はまだない。

人間は言う。
「フレーユに猫、いないかな」と。

買い物のついでに、
つい視線を低くする。
植え込みの影、
駐車場の隅、
自転車置き場の奥。

いない。

ショッピングモールは、
明るく、広く、
整いすぎている。
猫が身を隠すには、
少し眩しい。

それでも、
探してしまうらしい。
商品よりも先に、
生きものを。

吾輩は思う。
「いないかな」という言葉は、
探すよりも、
会いたい気持ちに近いのだと。

いれば嬉しい。
いなくても、
少し優しくなる。
それで十分かもしれぬ。

猫は、
人が探している時ほど、
姿を見せぬ。
だが、
探す人の足取りは、
少し柔らかくなる。

フレーユの床は冷たく、
風は通らない。
それでも、
「いないかな」と思うその瞬間、
世界は少しだけ猫寄りになる。

吾輩は猫である。
そこには居ぬかもしれぬ。
だが、
探す気持ちは届いている。
猫とは、
いない場所にも、
余韻を残す存在である。


いないかな
探す心に
猫ひとつ


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gonta

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