吾輩は猫である。名はまだない。
正月二日、
家の中にふわりと湯気の気配が満ちてきた。
飼い主が言う。
「初風呂、入ろうかな。」
どうやら一年最初の風呂には、
特別な意味があるらしい。
吾輩は風呂場の前で座り、
戸の隙間から中をのぞいた。
白い湯気が立ちのぼり、
湯が静かに満ちていく音がする。
――水に浸かるのは苦手だが、
この空気は嫌いではない。
飼い主が湯船に入り、
大きく息をついた。
「はぁ……生き返る。」
人間はときどき、
風呂で自分をリセットするらしい。
吾輩は脱衣所のマットに丸くなり、
湯気に包まれながら待った。
直接触れずとも、
温もりはちゃんと伝わってくる。
これで十分だ。
やがて飼い主が上がり、
吾輩を見て笑った。
「入らなくても、あったかいね。」
吾輩はしっぽで返事をした。
――風呂とは、
湯に入ることだけではないのだ。
新しい年の最初の風呂。
大きな願いも、
派手な決意もない。
ただ、こうして無事に一日が終わること。
それが、いちばんの清めなのだろう。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが、この湯気の中で思う。
今年も、静かに、健やかに生きていこう。
初風呂や 湯気にまぎれて 年始まる