【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―丙午 編―

2026年1月18日

吾輩は猫である ―丙午 編―

吾輩は猫である。名はまだない。

人間たちは、暦を気にする。
年回り、干支、星の並び。
その中でも「丙午」という言葉は、
どこか声を潜めて語られる。

「昔はね、丙午の年に生まれた女の子は――」
そんな話を、吾輩はこたつの中で聞いた。
炎が強すぎるとか、
家を燃やすとか、
随分と大げさな話である。

吾輩は思う。
火は、
使えば温かく、
恐れればただ暗い。
問題は火ではなく、
それを見る目のほうではないか。

丙午の年にも、
朝は来て、
猫は生まれ、
人は笑い、
夕方には夕焼けがある。
特別に悪い日は、
どこにも見当たらぬ。

それでも人は、
見えないものに理由を求める。
不安を暦に預け、
説明を簡単にしたがる。
だが、
生き方は年号では決まらない。

吾輩の隣で、
飼い主がぽつりと言った。
「生まれた年より、
どう生きるかだよね。」
吾輩はしっぽを一度、揺らした。
その通りである。

吾輩は猫である。名はまだない。
だが、
どんな年に生まれようと、
今日を穏やかに過ごせたなら、
それで十分なのだ。

暦より 今日のひなたを 信じ猫


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gonta

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