吾輩は猫である。名はまだない。
ある日、壁に掛けられた一枚の絵の前で、
吾輩は足を止めた。
大きな波、鋭い爪、
その向こうに鎮座する山。
人はそれを北斎という。
線がうるさい。
だが、騒がしくない。
動きは激しいのに、
余白が静かだ。
吾輩は思う。
この絵は、止まっていない。
北斎の波は、
飛びかかる直前の猫に似ている。
爪を立てる寸前、
背中を丸め、
目だけが先に行く、
あの一瞬。
人は言う。
「自然を描いた」と。
だが吾輩には、
自然の“気配”を描いたように見える。
形よりも、
勢いよりも、
間(ま)がある。
山は動かない。
波は暴れる。
そのあいだで、
時間が張りつめている。
猫も同じだ。
動くときと、
動かぬときを、
自分で選ぶ。
飼い主が言った。
「北斎って、猫っぽいよね。」
吾輩は否定しない。
何度も描き、
何度も壊し、
飽きずに世界を見直す。
それは、
猫の集中力に似ている。
吾輩は猫である。名はまだない。
だがこの絵の前では、
しばらく座っていられる。
線の向こうに、
飛ぶ理由があるからだ。
波の間
飛ぶ前の猫
北斎見る