【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―猫と北斎 編―

2026年2月13日

吾輩は猫である ―猫と北斎 編―

吾輩は猫である。名はまだない。

ある日、壁に掛けられた一枚の絵の前で、
吾輩は足を止めた。
大きな波、鋭い爪、
その向こうに鎮座する山。
人はそれを北斎という。

線がうるさい。
だが、騒がしくない。
動きは激しいのに、
余白が静かだ。
吾輩は思う。
この絵は、止まっていない。

北斎の波は、
飛びかかる直前の猫に似ている。
爪を立てる寸前、
背中を丸め、
目だけが先に行く、
あの一瞬。

人は言う。
「自然を描いた」と。
だが吾輩には、
自然の“気配”を描いたように見える。
形よりも、
勢いよりも、
間(ま)がある。

山は動かない。
波は暴れる。
そのあいだで、
時間が張りつめている。
猫も同じだ。
動くときと、
動かぬときを、
自分で選ぶ。

飼い主が言った。
「北斎って、猫っぽいよね。」
吾輩は否定しない。
何度も描き、
何度も壊し、
飽きずに世界を見直す。
それは、
猫の集中力に似ている。

吾輩は猫である。名はまだない。
だがこの絵の前では、
しばらく座っていられる。
線の向こうに、
飛ぶ理由があるからだ。

波の間
飛ぶ前の猫
北斎見る



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gonta

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