【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―猫の毛と本革シート 編―

2026年3月11日

吾輩は猫である ―猫の毛と本革シート 編―

吾輩は猫である。
名前はまだない。

新しい車の中は、
少し誇らしい匂いがする。
本革の座面は滑らかで、
光を柔らかく返す。

人間は、
そっと撫で、
満足げにうなずく。

そこへ、
吾輩が乗る。

ふわり。

毛は、
遠慮を知らぬ。
黒にも、白にも、
茶にも、
平等に残る。

人間は慌てる。
粘着ローラーを持ち出し、
ブラシを探し、
ため息をつく。

だが、
毛は悪意ではない。
それは、
吾輩がここに居た証である。

本革は、
時とともに艶を増す。
傷も、皺も、
馴染んでいく。
ならば、
毛もまた、
一時の記憶にすぎぬ。

完璧な状態を、
保とうとするほど、
気持ちは窮屈になる。
使うとは、
受け入れることだ。

吾輩は、
座面の上で丸くなる。
温度はちょうどよく、
静かだ。

やがて、
人間は諦める。
完全には取れぬと知る。
そして、
少し笑う。

吾輩は猫である。
毛は抜ける。
だが、
本革は負けぬ。
上質とは、
共存できる強さのことだ。


革の上
残る毛ひとつ
我が証


  • この記事を書いた人

gonta

-【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編