吾輩は猫である。名はまだない。
このあいだ、飼い主が連れて行ってくれたのは、
港沿いにできた「オイスターカフェ」なる店。
潮の香りに誘われて、吾輩もつい足取りが軽くなった。
店のテラス席からは、
青い海と白いヨットが見える。
人間たちは「生ガキ」「焼きガキ」「オイスタープレート」などと
楽しげに注文している。
吾輩の前にあるのは――
残念ながら水と猫用のクッキーである。
しかし、あの鉄板の上で
カキがじゅうっと音を立てる瞬間、
この世のすべての猫が背筋を伸ばすだろう。
香ばしい匂いにひげが震え、
舌の奥がしびれる。
飼い主は笑って吾輩に言った。
「塩分が強いから、だめだよ」
吾輩は諦めたようにため息をついたが、
その声は波音にかき消された。
やがて夕暮れ。
海面が金色に染まり、
カフェの灯が柔らかくともる。
人も猫も静かにひとときを味わう。
食べられなくても、
この匂いと景色だけで、
十分ごちそうなのだ。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが今夜ばかりは――
潮の風の中で、美食家の気分に浸っている。
潮の香や 食わずともなお 腹満つる