吾輩は猫である。名はまだない。
初詣に来た。
人々は皆、同じ動きをしている。
前へ進み、立ち止まり、
深く頭を下げ、
手を打ち、
もう一度、頭を下げる。
――二礼二拍手一礼。
どうにも気になる。
吾輩は飼い主の足元で、
その一連の所作をじっと観察していた。
なぜ二回なのか。
なぜ拍手なのか。
なぜ最後に、もう一度なのか。
猫の世界には、
こうした決まった型はない。
挨拶は匂いで確認し、
信頼は距離で測り、
感謝は喉を鳴らして伝える。
だが、人間たちは違うらしい。
所作をそろえることで、
気持ちを整えているように見える。
二礼で、日常を下ろし、
二拍手で、自分の存在を知らせ、
一礼で、願いをそっと置いていく。
吾輩は理解した。
これは神への挨拶というより、
自分自身への合図なのだ。
「今年も、ちゃんと生きるぞ。」
そう言っているように見えた。
飼い主が手を打つと、
乾いた音が境内に響いた。
吾輩はその余韻の中で、
しっぽを一度だけ揺らした。
――猫式の拍手である。
参拝を終え、
飼い主は満足そうに息をついた。
吾輩は思った。
型があるからこそ、
心は自由になれることもあるのだな、と。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが来年もきっと、
この所作を不思議そうに眺めているだろう。
二礼して 拍手の先に 年ひらく