吾輩は猫である。名はまだない。
久しぶりに、飼い主の都合で故郷へ帰ることになった。
車の窓の外に流れる風景は、
かつて子猫のころ駆け回った畦道に似ている。
あの頃は空が広く、
田んぼの水面に自分の顔を映して遊んだ。
今はその場所も宅地になり、
コンビニと駐車場が並んでいる。
それでも、風の匂いは昔と同じだった。
古い実家の縁側で昼寝をしていると、
向こうから懐かしい声がした。
「おかえり」と言うように、
近所の猫たちが姿を見せる。
皆、顔は違えど、
どこか懐かしい温もりをまとっていた。
飼い主は友人と再会し、
笑いながら昔話をしている。
吾輩はその足元で丸くなり、
心の奥がじんわりと温まっていくのを感じた。
人間にも猫にも、帰る場所というのは不思議だ。
変わってしまっても、
そこに帰れば、少しだけ自分を取り戻せる。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが、今夜ばかりはこう名乗りたい。
「吾輩、この町の猫である」と。
帰る道 風も昔の 匂いして