吾輩は猫である。名前はまだない。
その日は、
少しだけ空気が違った。
祝う言葉は控えめで、
騒ぎもない。
人間は、
これを誕生日と呼ぶ。
朝、
鍵の音が新しい。
まだ馴染まぬ重さがあり、
金属の冷たさが残っている。
どうやら、
車が納入されたらしい。
人間は嬉しそうだが、
はしゃがない。
年を重ねると、
喜びは外に出ず、
内側で静かに整う。
新しい車は、
速さを誇らない。
匂いも、音も、
これから育つ。
走るためではなく、
続けるために来た、
そんな顔をしている。
誕生日とは、
何かを得る日ではない。
これまでを一度、
引き受け直す日だ。
車の納入も、
同じである。
どこへ行くかより、
どう走るか。
何年乗るかより、
どう付き合うか。
夕方、
人間は車を眺め、
少しだけ立ち止まる。
祝われるより、
確かめているように見えた。
吾輩は猫である。
車には乗らぬ。
だが、
節目に静かに選ばれた物は、
人を裏切らぬと知っている。
誕生日とは、
前に進むための、
小さな確認なのだ。
誕生日
新しい鍵
音静か