吾輩は猫である。名はまだない。
夕暮れどき、街角から漂ってきた。
炭の匂い、脂のはぜる音、
そして、なぜか心を急かす香ばしさ。
――串焼きである。
赤提灯の下、人間たちは立ち止まり、
串を片手に語り合っている。
ねぎま、皮、つくね。
一本ずつ、丁寧に焼かれ、
一瞬で消えていく。
儚いが、満足げな顔が残る。
吾輩は少し離れた場所で座り、
その光景を眺めていた。
肉は食べられぬ。
塩分も強すぎる。
だが、匂いだけで
胸が満たされることがあるのを、
吾輩は知っている。
焼き手が串を返すたび、
炎がふっと立ち上がる。
その瞬間、
人間たちは黙り、
焼け具合を見守る。
――待つことも、
ごちそうの一部なのだ。
やがて飼い主が帰ってきた。
服に、串焼きの残り香をまとって。
吾輩は足元にすり寄り、
その匂いを確かめた。
「今日はね、ちょっと一杯やってきた」
そう言って、頭を撫でられる。
吾輩は思った。
串焼きとは、
腹を満たすためだけではない。
一日の終わりを、
きちんと終わらせる儀式なのだと。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが、この香ばしい夜の空気の中で、
人間のささやかな幸せを理解した気がする。
炭の香や 一日ほどける 夜の串