吾輩は猫である。
名前はまだない。
朝の部屋に、
苦い香りが立つ。
湯が落ち、
音は小さく、
空気だけが変わる。
人間はこれを、
珈琲と呼ぶ。
黒い液体に、
多くを求める。
目を覚まし、
気持ちを整え、
一日を始めるための
儀式らしい。
吾輩は、
少し距離を取る。
香りは良いが、
味は知らぬ。
だが、
その時間の静けさは知っている。
淹れるという行為は、
急がぬ。
量り、
注ぎ、
待つ。
その一つ一つが、
整える動きだ。
人間は、
忙しいほど
丁寧に淹れる。
逆のようでいて、
理にかなっている。
苦味とは、
嫌われるものではない。
輪郭を作り、
余韻を残す。
甘さだけでは、
深さは出ぬ。
窓の外は動く。
車も、人も、
止まらない。
だが、
この一杯の中だけは、
時間が遅い。
吾輩は猫である。
珈琲は飲まぬ。
だが、
待つ時間の価値は知っている。
猫珈とは、
苦味の中に
静けさを見つけることなのだ。
苦味ひとつ
待てば香りが
道となる