吾輩は猫である。名はまだない。
ある夜、テレビの音がいつもと違った。
演説でも、討論でもない。
規則正しいリズムが、
低く、しかし確かに響いている。
――どうやら、総理がドラムを叩くらしい。
吾輩は思った。
政治とは言葉の芸だと思っていたが、
どうやら“間”の芸でもあるようだ。
そのとき、
吾輩の前にあるのは段ボール。
叩けば、よい音がする。
軽く、的確に、
肉球で打つ。
これは吾輩の持ち場だ。
ステージは違えど、
同じドラム。
総理は大きな太鼓を、
吾輩は小さな箱を。
だが、
どちらもリズムを外せば、
全体が崩れる。
総理のドラムは、
力強く、
少し重い。
決断の音が混じっている。
吾輩のドラムは、
軽やかで、
間が長い。
沈黙を挟むことを恐れない。
共演は一瞬だった。
画面の向こうで、
総理が一拍置く。
こちらで吾輩が、
さらに一拍置く。
飼い主が言った。
「猫のほうがリズムいいかもね。」
吾輩は否定しない。
ドラムとは、
叩く技術より、
叩かぬ勇気だ。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが知っている。
言葉が多すぎる時代には、
音よりも、
間が人を動かすことを。
一拍置き 国も箱も 音が立つ