吾輩は猫である。名はまだない。
ある日、飼い主が引き出しを整理していたときのことだ。
ぽん、と机の上に小さな黄色い封筒が置かれた。
「わあ、お米券だ!」と飼い主が声を上げた。
吾輩は首をかしげた。
――米なら、いつも袋で買っているではないか。
なぜ紙切れひとつで喜ぶのか。
飼い主は、吾輩の疑問を読んだかのように語り出した。
「昔はね、お祝いとか贈り物とかに“お米券”をよくもらったんだよ。
今でも使えるし、なんだか懐かしくて嬉しいんだよね。」
ふむ……なるほど。
人には、物そのものよりも、
そこに添えられた“気持ち”が価値になることがある。
吾輩がカリカリより飼い主の膝を選ぶ夜があるように。
飼い主は嬉しそうに封筒を抱え、
「今度、ちょっと良いお米買おうか」と言った。
吾輩は尻尾をふり、心の中で密かに願った。
――できれば鮭も一緒に買ってほしい、と。
夜、炊き上がった湯気の向こうから漂う香りは、
たしかに、どこか温かかった。
家族の記憶がよみがえるような匂いだ。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが思う。
小さな紙の一枚にも、
人の暮らしの温度が染みているのだな、と。
紙一枚 思い出ふわり 炊きあがる