吾輩は猫である。名はまだない。
ある日、飼い主が改まった声で言った。
「今日から君は、成猫だね。」
成猫式――
どうやら人間界には、
節目を言葉にして確かめる文化があるらしい。
式といっても、
特別な壇上があるわけではない。
赤いじゅうたんも、
長い祝辞もない。
あるのは、
少し良いごはんと、
いつもより丁寧な撫で方だけだ。
吾輩は子猫の頃を思い出す。
よく転び、
よく鳴き、
よく守られていた。
だが今は違う。
無駄に鳴かず、
距離を測り、
自分の居場所を自分で選ぶ。
飼い主は言った。
「もう、何でもできるね。」
吾輩は思った。
――いや、できないことも増えた。
高い所からの無謀な跳躍は控え、
危ない音には先に退く。
それは衰えではなく、
知恵というものだ。
成猫とは、
強くなることではない。
無理をしないことを覚えること。
甘え方を選べること。
そして、
この家に帰る意味を知っていることだ。
式の最後、
吾輩は飼い主の前に座り、
ゆっくりと尻尾を揺らした。
――これにて、成猫。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが今日からは、
胸を張って言える。
ここで生きる覚悟は、
もう整っている。
背伸びせず 静かに迎う 成猫日