吾輩は猫である。名はまだない。
このところ人間どもは夜更かし気味だ。
どうやら「世界陸上」とやらが開かれており、
テレビの前で声を上げては拍手をしている。
画面には、風のように駆ける人々の姿。
筋肉がしなやかに躍動し、
スタートの銃声とともに飛び出す様は、
まるで野良猫が魚屋に突進する瞬間のごとし。
吾輩は思わず比べてみる。
百メートル走なら、人間より吾輩の方が速い。
高跳びだって、机から棚へひと跳びで軽々と超える。
だが人間は、自らの限界を競い合い、
世界一を決めることに誇りを見出す。
その執念こそ、猫には真似できぬものであろう。
リレーでバトンがつながると、
飼い主の目が潤んでいた。
仲間と心を合わせる姿に、
吾輩もなぜか胸が熱くなる。
猫は孤独を愛する生き物だが、
人間はこうして絆を力に変えるのだ。
夜更け、競技が終わり静けさが戻ると、
飼い主はソファで眠り込んだ。
吾輩はその膝に丸くなり、
夢の中で走者とともに風を切った。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが今日だけは、
人間の情熱にしっぽを掲げて敬意を送ろう。
走る影 月を追い越す 人の夢