吾輩は猫である。名はまだない。
市場の朝は活気に満ちていた。
人間たちが威勢よく声を張り上げ、
魚の匂いと潮の香りが入り混じる。
その中でひときわ輝いていたのが、
ウニとアワビであった。
氷の上に鎮座する黄金のトゲと、
殻の中で静かに光る海の宝石。
人間は財布を握りしめ、
「今夜のご馳走だ」と口角を上げる。
吾輩はそっと近づき、鼻先で潮の香を吸い込む。
――磯の深み、海の底を思わせる芳醇さ。
魚屋が笑って言った。
「猫さん、これはさすがに贅沢すぎるぞ」
確かに吾輩の舌はカリカリに慣れている。
ウニやアワビは手の届かぬ高嶺の花。
けれど、見つめるだけでも心が満たされることがある。
ご馳走とは、腹を満たすだけのものではない。
憧れ、想像し、夢を見る糧でもあるのだ。
市場を離れるとき、
まだ潮の香りがひげに残っていた。
吾輩は空を見上げ、
今日という一日の豊かさを胸に抱いた。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが心の中では、
すでにひと口、海の宝を味わっていたのである。
ウニもまた 夢で食らえば 極上なり