吾輩は猫である。名はまだない。
だが、飼い主の“頭の色”が急に変わったことには気づいた。
「どや、若返ったやろ?」
そう言って、椅子の前でくるくる回る。
確かに、もっさりしていた髪はキリリと短くなり、
色も以前よりツヤがある。
なるほど、人間は毛の手入れで年齢を逆行できるらしい。
今回の仕上げは、例の店――QBハウスとのこと。
15分1400円、予約不要。
人間にとっては簡潔で便利、
だが猫にとっては秒速で毛が減る魔窟である。
「染めは別のところでやったけどな」
との補足。二段構えの若返り作戦、抜かりなし。
吾輩はじっと見上げる。
猫は歳を取っても“渋み”と言われるだけだが、
人間は、老いをリセットする儀式を持っている。
それは少し、うらやましくもある。
「どう? 10歳は若く見えるやろ?」
そう言って笑う飼い主に、吾輩は黙ってまばたき一つ。
毛を切り 鏡の中の 声も軽く
見た目が変わると、内側も変わるらしい。
そういえば、足取りもどこか軽くなっている。
猫にはQBも染髪もないが、
飼い主が嬉しそうならそれでいい。
今夜はひとつ、若返ったその膝の上で
甘えてみるとしよう。