吾輩は猫である。名はまだない。
この三か月、同じホテルで暮らした仲間がいた。
窓辺で日向ぼっこを分け合い、
夜は隣のケージ越しに「にゃあ」と声を掛け合った。
知らない場所での心細さも、
その存在があったから乗り越えられた。
だが今日、彼は迎えに来た飼い主の腕に抱かれ、
自宅へ帰っていった。
職員が「よかったね」と微笑む。
確かに、それは喜ばしいこと。
けれど胸の奥が少しだけぽっかりと空いた。
葵が言った。
「お別れは寂しいけれど、また会えるかもしれないよ」
獅子丸はしっぽを振って、
「いつか遊びに行けばいいじゃん!」と元気づける。
沙羅は静かにうなずき、
「縁があれば、必ずまたつながるわ」と言った。
その言葉に、吾輩は少し安心した。
お別れとは、終わりではなく次の始まり。
同じ毛布の温もりや、ごろごろの声は、
心の中にちゃんと残っている。
夕暮れ、ホテルの窓から港の光を見ながら思う。
再会の日を夢見るからこそ、
今の暮らしも輝くのだと。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが今日も確かに学んだ――
別れは悲しみではなく、再会への約束であると。