吾輩は猫である。名はまだない。
今日、商店街の広場で「猫好きさん大集合」のイベントが開かれた。
飼い主が嬉しそうに吾輩をキャリーに入れ、
「今日は君が主役だよ」と言った。
――ふむ、主役ならば堂々と行こう。
広場には、実に多くの猫と人間。
長毛、短毛、まん丸、スリム、
鳴き声も毛並みも、それぞれに個性が光る。
けれど、みんなの目がやさしい。
「かわいいね」「ふわふわだね」――
その言葉が風にのって、
まるで春の花びらのように舞っていた。
猫を抱く手、カメラを構える目、
笑う声、子どもの驚き。
どれも吾輩にとっては、
“人の心がほころぶ瞬間”そのものだった。
飼い主がブースのひとつで言った。
「猫がつなぐ縁って不思議ね」
吾輩はごろごろと喉を鳴らす。
確かに、人間同士の言葉より、
猫の一瞥のほうが、心を近づけることがある。
夕方、イベントが終わるころ、
空はオレンジに染まり、
会場には「また来年もね」という声が響いた。
吾輩は少し誇らしい気持ちで、
キャリーの中から世界を見つめた。
吾輩は猫である。名はまだない。
けれど、今日ほど“愛される”という言葉の意味を
感じた日はない。
集う手に ぬくもり宿る 春の風