吾輩は猫である。名はまだない。
最近、どうにも体がむずむずする。
しっぽの付け根あたりをかくと、
毛がふわりと抜け、赤くなっているではないか。
これは……ただ事ではない。
飼い主が気づき、眉をしかめた。
「ちょっと、これは皮膚炎かも」
その声に、吾輩は胸がぎゅっと縮んだ。
病院――あの独特の消毒の匂いと機械の音が頭をよぎる。
しかし、連れていかれた獣医殿はやさしかった。
丁寧に毛をかき分け、
「大丈夫ですよ、軽い炎症です。
薬を塗ればすぐ良くなります」と言った。
飼い主は熱心に説明を聞き、
吾輩の背をそっと撫でた。
その手つきは、不安をほどく薬より効いた。
家に帰ると、
塗り薬をぬりぬり、
抗ヒスタミンの匂いがふわりと立つ。
吾輩は最初こそ逃げ回ったが、
数日たつと赤みもかゆみも薄れ、
毛並みがまた元のように整ってきた。
飼い主がほっと息をついた。
「良かった……。気づくのが遅れなくて」
吾輩は胸を張った。
心配をかけた分、今日はたくさん喉を鳴らして返そう。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが思う。
病はひとりで闘うものではなく、
寄り添ってくれる誰かがいれば、必ず軽くなる。
かゆみ去り 毛並みの春が 戻りけり