吾輩は猫である。名はまだない。
今日の食卓(つまり吾輩の皿)は、
いつになく緊張していた。
右側には“カリッ”と音を立てるドライフード。
左側には“ふわり”と香り立つウェットフード。
飼い主が腕を組んで言う。
「どっちが好きなのか、今日はっきりさせようか」
吾輩は胸を張った。
――この勝負、受けて立つ。
まずはドライフード。
サクッ、カリッ。
その歯ざわりはまさに職人の技。
咀嚼のリズムが整うと、
心まで規則正しくなるようだ。
「これぞ、シンプルにして基本の味」と吾輩は感心した。
続いてウェットフード。
ひと口で、肉と魚の香りがふんわり広がり、
思わず瞳が細くなる。
水分が身体中をしみわたるようで、
――うむ、これはご馳走である。
飼い主がニヤリと問いかける。
「で、どっち?」
吾輩はしばし沈黙した。
香りならウェット。
軽快さならドライ。
どちらも違う武器を持つ強者である。
結局、吾輩は両方を少しずつ食べて、
皿の前にどっしり座り込んだ。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが悟った。
――世界の争いの多くは、
“片方を選ばねばならぬ”という思い込みから始まるのだ、と。
食は自由。答えは二つでよい。
飼い主が笑いながら頭を撫でた。
「やっぱり君は欲張りだね」
吾輩は胸を張って鳴いた。
それは最大の褒め言葉である。
選ばずに どちらも幸せ 皿二つ