吾輩は猫である。名はまだない。
人間界では最近、“猫耳”なるものが人気らしい。
ヘアバンドだったり、コスチュームだったり、
あるいはアニメの中で自由に動いたりする。
だが、吾輩から言わせれば――
猫耳とは、ただの飾りではない。
心の窓であり、気分のアンテナである。
興味があるときはピンと立ち、
安心しているときはゆるりと倒れ、
嫌な音がするときは左右に振れて知らせる。
猫耳とは、言語より雄弁な“意思表示の装置”なのだ。
先日、飼い主がキラキラの猫耳カチューシャをつけて、
「見て! 可愛いでしょ?」と言ってきた。
吾輩はじっと見つめた。
――ふむ。
悪くはない。
だが、動いていない。
吾輩は自分の耳をピッと立てて見せ、
次にぺたんと倒し、
最後に片耳だけくいっと動かした。
飼い主は驚いて言った。
「えっ、耳だけでそんな表情出せるの?」
吾輩は心の中で微笑んだ。
猫耳とは、
魅せるだけでなく、生きるための術なのである。
夜、飼い主が付けていたカチューシャが
窓辺に置かれていたので、
吾輩はそっと隣に座った。
動かぬ耳と、動く耳。
どちらも人を笑顔にする力があるのだと気づいた。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが今日、自分の耳を少し誇りたくなった。
耳ひとつ 気持ちを伝う 春の風