吾輩は猫である。名はまだない。
正月の朝、
飼い主がいつもより丁寧に吾輩を呼んだ。
その手には、
見慣れぬ布切れがある。
赤と金、
小さな模様。
――どうやら晴れ着らしい。
吾輩は一瞬、身構えた。
服というものは、
基本的に自由を奪う。
だが、今回は違った。
軽く、柔らかく、
首元にそっと結ばれるだけ。
鏡の前に立たされる。
そこに映ったのは、
少し誇らしげな吾輩だった。
いつもの毛並みの上に、
“特別な日”が重なっている。
飼い主は満足そうに言った。
「似合うね。お正月だもん。」
吾輩は否定もしなかった。
晴れ着とは、
見せるためのものではなく、
気持ちを整えるためのものなのだろう。
来客があり、
「まあ、立派ねえ」と声が上がる。
吾輩は逃げず、
騒がず、
ただ静かに座っていた。
今日だけは、
少し改まった猫である。
昼を過ぎると、
晴れ着は外された。
自由な体に戻る。
だが、不思議と、
背筋の伸びた感覚は残っている。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが今日、
装いが心をつくることを知った。
一年の始まりに、
これはなかなか悪くない。
晴れ着脱ぎ 背中に残る 年の芯