吾輩は猫である。
名前はまだない。
午後、
車がやけに輝いている。
水滴は拭き取られ、
窓は曇りなく、
人間は満足げだ。
どうやら、
洗車をしたらしい。
本革も、
ボディも、
丁寧に整えられた。
光は均一で、
完璧に近い。
その夜、
空気はまだ温かい。
ボンネットは、
ほどよく心地よい。
吾輩は、
そっと乗る。
歩く。
止まる。
振り返る。
朝、
人間は気づく。
きれいな曲線の上に、
小さな足跡が並んでいる。
ため息。
しかし、
怒らない。
洗車とは、
汚れを消すことだ。
だが、
足跡は汚れではない。
それは、
誰かがそこに居た証。
磨き上げたものに、
生活が触れた瞬間である。
完璧な光沢は、
少しだけ無機質だ。
足跡があると、
急に物語が生まれる。
人間は、
また拭き取るだろう。
そしてまた、
吾輩は歩くだろう。
吾輩は猫である。
足跡を残す。
だが、
悪気はない。
美しさとは、
少しの乱れを含むものだからだ。
磨くほど
足跡ひとつ
愛おしき