吾輩は猫である。
名前はまだない。
夏になると、
人間は一斉に動き出す。
駅へ。
高速道路へ。
港へ。
人間はこれを、
帰省ラッシュと呼ぶ。
新幹線では、
大きな荷物を抱え、
指定席を探し、
ホームを急ぐ。
車では、
渋滞に並び、
サービスエリアで休み、
長い距離を少しずつ進む。
フェリーでは、
車ごと船に乗り込み、
海の上で時間を渡る。
行き方は違う。
だが、
向かう先は似ている。
久しぶりの家。
懐かしい顔。
「帰ってきたね」と言ってくれる場所。
吾輩は思う。
帰省とは、
移動することではないと。
自分の原点へ、
少しだけ戻ることなのだ。
だが、
人間は急ぎすぎる。
一本でも早い新幹線。
少しでも前へ進みたい車。
早く着きたい気持ち。
その焦りが、
旅を疲れに変えることもある。
猫なら、
無理はしない。
混んでいれば待つ。
疲れれば休む。
危ないと思えば、
少し距離を取る。
帰ることより、
無事に帰ることの方が大切だからだ。
新幹線には、
新幹線の速さがある。
車には、
車の自由がある。
フェリーには、
フェリーのゆっくりした時間がある。
どれが一番ではない。
誰と帰るか。
どんな気持ちで帰るか。
それが、
旅の重さを決める。
吾輩は猫である。
帰省ラッシュには加わらぬ。
だが、
玄関の向こうから聞こえる
「ただいま」の声は嫌いではない。
夏休みの帰省とは、
人が一斉に移動する日ではなく、
それぞれが自分の「帰る場所」を
確かめに行く時間なのだ。
道違えど
ただいま目指す
夏の旅