【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―AIロボット 編―

2026年10月7日

吾輩は猫である ―AIロボット 編―

吾輩は猫である。
名前はまだない。

最近、
人間はAIを、
画面の中だけでは満足できなくなったらしい。

考える。

見る。

聞く。

そして、
とうとう歩かせ始めた。

人間はこれを、
AIロボットと呼ぶ。

吾輩は思う。

ずいぶん欲張りである。

今までは、
質問すれば答えるだけだった。

ところが、
今度は物を運ぶ。

部屋を片付ける。

工場で働く。

人間の代わりに、
現実の世界へ手を伸ばす。

なるほど。

AIに、
体がついたのである。

猫で言えば、
頭だけだった者に、
突然四本の足と尻尾が生えたようなものだ。

もっとも、
尻尾までは必要ないと思う。

吾輩は思う。

頭が良いことと、
上手に動けることは、
別なのだと。

机の上なら、
多少間違えてもやり直せる。

だが、
現実の世界では違う。

物を落とす。

人にぶつかる。

階段を踏み外す。

一つの判断が、
そのまま結果になる。

だから、
賢いだけでは足りぬ。

周囲を見る。

危険を避ける。

分からなければ止まる。

そして、
人間に聞く。

案外、
慎重さの方が大切なのかもしれない。

人間は、
AIロボットに期待する。

重い仕事。

危険な仕事。

単調な仕事。

人手が足りない場所。

確かに、
助けになるだろう。

だが、
何でも任せればよいわけではない。

誰が責任を持つのか。

どこまで自分で判断させるのか。

間違えた時、
誰が止めるのか。

機械が賢くなるほど、
人間が考えることも増えていく。

吾輩は思う。

これは少し不思議である。

楽をするために作った機械なのに、
使いこなすためには、
人間も賢くならねばならない。

だが、
それでよいのかもしれぬ。

道具とは、
人間に代わるものではない。

人間のできることを、
広げるものなのだから。

吾輩は猫である。
AIロボットには少し警戒する。

突然近づかれれば、
まず距離を取る。

だが、
吾輩の猫砂を掃除し、
飯を運び、
静かに去ってくれるのなら、
共存を考えてもよい。

AIロボットとは、
人間の代わりになる機械ではない。

人間が何を任せ、
何を自分で引き受けるのかを、
もう一度考えさせる存在なのだ。


AIも
猫に近づく
まず徐行

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gonta

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