吾輩は猫である。
名前はまだない。
暦に、
二が三つ並ぶ日がある。
人間はそれを、
猫の日と呼ぶ。
では、
犬の日はあるのか。
ときどき、
そう問う声が聞こえる。
ある。
十一月一日だそうだ。
わん、わん、わん。
理屈は単純で、
少し微笑ましい。
人間は、
理由を見つけるのが上手い。
数字を並べ、
語呂を合わせ、
そこに意味を宿す。
猫は二月、
犬は十一月。
月が違っても、
撫でる手の温度は同じである。
比べる必要はない。
猫は猫で、
犬は犬だ。
似ているようで、
歩幅が違う。
犬は寄り添い、
猫は寄り添わせる。
どちらが上でも、
下でもない。
違いがあるから、
暮らしは豊かになる。
吾輩は思う。
記念日とは、
動物のためというより、
人が立ち止まるための印ではないかと。
今日が猫の日でも、
明日は犬の日でも、
毎日は世話の日である。
吾輩は猫である。
犬の日を否定せぬ。
祝う理由があるなら、
それでよい。
暦に名前がなくとも、
日々の世話が、
本当の記念日である。
暦より
撫でる手こそが
記念日