吾輩は猫である。
名前はまだない。
台所に、
独特の匂いが立つ。
静かだった空気が、
急に動き出す。
人間は、
鍋に油を引く。
熱されると、
油は変わる。
透明から、
きらめきへ。
やがて、
音を伴う。
吾輩は、
少し距離を取る。
油は、
近づきすぎてはならぬものだ。
跳ねる。
予測なく、
一瞬で。
世の中にも、
似たものがある。
便利で、
役に立ち、
だが扱いを誤れば、
傷になる。
人間は、
火加減を見て、
油の状態を読む。
早すぎず、
遅すぎず。
適切とは、
経験でしか測れぬ。
香りは良い。
食欲を誘い、
場を温める。
だが、
猫は知っている。
良い匂いほど、
距離が大事だ。
やがて、
火は弱まり、
音も静かになる。
油は、
また落ち着く。
吾輩は猫である。
油は舐めぬ。
だが、
扱いの難しさは知っている。
世の中とは、
役に立つものほど、
慎重に向き合うものなのだ。
良き匂い
近づきすぎて
跳ね返る