吾輩は猫である。
名前はまだない。
人間は、
甘いものを食べたくなる時がある。
今日はクレープ。
頭の中は、
もう決まっている。
生クリーム。
バナナ。
チョコ。
あるいは、
少し大人しく、
シュガーバター。
店へ向かう。
列も、
それほど長くない。
これはいける。
人間は、
そう思ったらしい。
だが、
店の前に一枚の札がある。
「本日、生地売り切れ。」
吾輩は思う。
クレープ屋で、
生地がない。
これは、
なかなか致命的である。
猫で言えば、
「猫缶はあります。
ただし中身はありません。」
と言われるようなものだ。
人間は、
しばらく札を見る。
もう一度見る。
見ても、
生地は復活しない。
人間はこれを、
縁がないと言う。
前にも食べようとして、
店が閉まっていた。
別の日には、
時間が合わなかった。
そして今日は、
生地売り切れ。
ここまで重なると、
少し運命めいてくる。
吾輩は思う。
本当に縁がないのか。
それとも、
単にタイミングが悪いだけなのか。
人間は、
うまくいかないことが続くと、
すぐ物語を作る。
縁がない。
運が悪い。
今日はそういう日だ。
それで、
少し納得する。
猫なら、
目的の場所に誰かがいれば、
別の場所へ行く。
お気に入りの箱が取られていれば、
違う箱で寝る。
それほど引きずらぬ。
クレープがなければ、
別の甘いものを食べればよい。
そう思う。
だが、
食べられないとなると、
余計に食べたくなる。
人間とは、
実に面倒である。
帰り道でも、
頭の中にはクレープが残る。
食べていないのに、
味まで想像できる。
これはもう、
執着なのかもしれぬ。
吾輩は猫である。
クレープは食べぬ。
だが、
手に入らないものほど気になる気持ちは、
少し分かる。
クレープ、生地売り切れとは、
ただ甘いものを食べ損ねた話ではない。
縁がないと思いながらも、
次に店の前を通った時、
きっとまた覗いてしまう。
人間とは、
そういう諦めの悪い生き物なのだ。
縁なくも
また店の前
覗きけり