吾輩は猫である(現代編)

吾輩は猫である ― 蒲刈のダイバ 編―

2025年10月25日

吾輩は猫である ― 蒲刈のダイバ 編―

吾輩は猫である。名はまだない。

瀬戸内の島・蒲刈では、
今も夜ごと太鼓と笛の音が響く。
人々が舞い、鬼が現れる――それが「蒲刈神楽」。

その中に「提婆(ダイバ)」と呼ばれる者がいる。
角を持ち、恐ろしい顔をしているが、
村人は彼を恐れぬ。
むしろ、悪しきものを祓う守り神として敬っている。

吾輩は神楽の舞台裏からそれを見ていた。
火の粉が舞い、面の奥の目が光る。
だがその眼差しには、怒りよりも祈りが宿っていた。
「恐れられること」と「敬われること」は、
まるで同じ面の裏表のようだ。

人も猫も、強さを装うことでしか
優しさを守れぬときがある。
夜が明けると、
潮風が面の塗料を冷やし、
島は静けさを取り戻す。

吾輩は猫である。名はまだない。
だが、あの夜の炎の中で、
確かに祈りのかたちを見た。

鬼の舞 祈りの中に 光あり


スポンサーリンク

  • この記事を書いた人

gonta

-吾輩は猫である(現代編)