吾輩は猫である。名はまだない。
冬が深まり、部屋の空気がひんやりしてきた。
吾輩は飼い主の足元にまとわりつき、
「そろそろ暖房を……」と無言の圧をかける。
飼い主は苦笑しつつスイッチを入れた。
まず稼働したのはエアコン。
あたたかい風が天井からそっと降りてきて、
吾輩の背中を柔らかく包んだ。
「これなら乾燥もしすぎないように加湿するからね」と、飼い主。
ふむ、気が利いておる。
次に使われたのは、床暖房だ。
これがまた極上のぬくもりで、
床に身体が吸い付くように沈んでいく。
まるで地面そのものが抱きしめてくれるようだ。
吾輩が伸びたまま動かなくなるのも無理はない。
しかし飼い主は言った。
「ストーブは、危ないからね。
君が乗ろうとするから……」
吾輩は耳を伏せた。
たしかに、赤く光る前面はどうにも座り心地が良さそうに見えるのだ。
危険ゆえに封印された暖房、それもまた人生である。
そして、飼い主は膝掛けを広げた。
そこには人間用と吾輩用、
ふたつの“ぬくもりスペース”が用意されていた。
吾輩は迷わず膝掛けの隙間に頭をすべり込ませた。
暖房器具は便利だが、
結局いちばんあたたかいのは
飼い主の膝と、そのそばにある静けさなのだ。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが、この冬、はっきり分かった。
“やさしい暖房”とは、
部屋だけでなく心もあたためてくれるものを言うのだ。
暖とともに 寄り添う影や 冬の猫えること。