吾輩は猫である。名はまだないが、最近やけに人間がソファでうだうだしている。気怠げな溜め息と共に「やる気が出ない」「職場に行きたくない」とつぶやいておる。
どうやら「五月病」とやらにかかったらしい。春の浮かれた気分が過ぎ、連休という名の幻が明けると、人間たちは急に元気を失う。まるで朝のカリカリを期待していたのに空だった時の吾輩のようである。
しかし不思議なものだ。猫には四月病も五月病もない。ただ日が昇れば伸びをし、眠くなれば眠る。今日が月曜であろうと金曜であろうと、カレンダーの意味など知らぬ。そもそも"やる気"なるものを持ち合わせていない。
それでも、生きておる。
それでも、どこか満ち足りておる。
人間はなぜ「ねばならぬ」に追われるのか。朝は起きねばならぬ、会社に行かねばならぬ、成果を出さねばならぬ。
ねばねばしておって、五月になると気分が腐るのも無理はない。
飼い主は吾輩の隣でゴロゴロと昼寝をしている。いつもは「怠け者め」と言うくせに、今日は「猫になりたい」とつぶやいていた。
ならば言ってやろう。
「まずは目の前の毛玉を気にするより、日向に寝転ぶ練習から始めよ」
人間がもう少し猫らしくなれば、五月はもっとやさしく過ぎるのではなかろうか。
少なくとも吾輩は、今日も変わらず、昼下がりの窓辺でしっぽを揺らすのである。