吾輩は猫である。
名前はまだない。
部屋の一角が、
急に高くなる。
赤い布が敷かれ、
段が重なり、
人形が整然と並ぶ。
人間はこれを、
雛壇と呼ぶ。
触れるな、
近づくな、
倒すな。
注意の声が、
いつもより多い。
吾輩は思う。
段差とは、
上るためにあるのではないかと。
だが、
今日は違うらしい。
上るより、
眺める日。
内裏雛は最上段。
その下に、
三人官女、
五人囃子。
役割があり、
順番がある。
整っていることが、
美しいとされる日だ。
吾輩は、
段の前に座る。
飛び乗らぬ。
今日は、
眺める側でいる。
飾りとは、
未来への願い。
健やかに、
穏やかに、
無事に育つように。
人形は動かぬが、
願いは動く。
やがて、
数日が過ぎ、
段は解かれ、
布は畳まれる。
残るのは、
春の気配だけだ。
吾輩は猫である。
雛壇には上らぬ。
だが、
整えられた願いの重みは知っている。
段とは、
願いを一段ずつ重ねた形なのだ。
段の上
動かぬ願い
春兆す