吾輩は猫である。名はまだない。
ある朝、飼い主が新聞を広げたまま固まっていた。
目は一点を見つめ、
手は微かに震えている。
「……当たってる。」
どうやら宝くじが当選したらしい。
吾輩は理解した。
今日は、缶詰の音が違う日である。
飼い主は言った。
「一等じゃないけど、結構すごいよ。」
その声は静かだが、
胸の奥で何かが弾んでいるのが分かる。
その日、
吾輩の皿には見慣れぬ高級そうなフードが盛られ、
ベッドはふかふかに新調され、
爪とぎまで新品になった。
――世界が、少しだけやさしくなった。
だが飼い主は浮かれすぎなかった。
「全部使っちゃだめだよね。」
「備えも必要だし。」
そう言いながら、
吾輩の背中を撫でた。
吾輩は思う。
宝くじに当たるとは、
突然ぜいたくになることではない。
心に余白ができることなのだ。
夜、飼い主はいつも通りの場所に座り、
吾輩を膝に乗せた。
景色は変わらない。
家も、匂いも、時間の流れも。
だが、
不安がひとつ、そっと消えていた。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが知っている。
本当の当たりは、
こうして今日も一緒にいられることだ。
当選も 膝のぬくもり 超えられず