吾輩は猫である。名はまだない。
立山の稜線を、白い霧が流れていく。
その中で、ふと雪のように淡い羽音が聞こえた。
見上げると、そこに一羽の鳥がいた。
羽は灰と白のまだら、目は小さく、
まるで雲の一部が命を得たような姿――雷鳥である。
吾輩は声をかけた。
「こんな高いところで、寒くはないのか?」
雷鳥は小さく首を傾げ、
「寒いけれど、ここが私の家です」と言った。
その声は風の音にまぎれて、
まるで山自身が語っているようだった。
吾輩はしばらく黙って隣に座った。
人も猫も鳥も、この山では皆、
同じ空気を吸い、同じ雲を見上げて生きている。
それが当たり前のようで、
とても尊いことのように思えた。
「あなたはどこへ帰るの?」と雷鳥が聞いた。
吾輩は考え、
「風の行くほうへ」とだけ答えた。
雷鳥は目を細めて笑った。
それが別れの合図だった。
霧が晴れると、もう姿はなかった。
ただ、遠くの峰の上で、
風がやさしく鳴いていた。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが、あの鳥の静かなまなざしの中に、
自然と生の調和を見た。
雷鳥や 雲をわたって 友となる