吾輩は猫である。名はまだない。
朝のニュースで、アナウンサーが少し緊張した声で告げた。
「本日、日本で初めての女性総理大臣が誕生しました」
飼い主はコーヒーを落としかけ、
「ついにこの日が来たか」と呟いた。
吾輩は窓辺からテレビをのぞき込み、
スーツ姿の女性が深々と頭を下げる姿を見た。
世の中が変わる時というのは、
派手な音もなく、静かに訪れるものらしい。
その目は凛として、
しかしどこかに慈しみの光を宿していた。
かつて、政治の世界は男の声であふれていた。
議論は強く、理屈は鋭く、
けれど、どこか冷たかった。
この新しい時代では、
人の痛みを“聴く力”が、ようやく中心に立つのだろう。
「優しさと強さは、両立する」
彼女が演説でそう言ったとき、
吾輩はしっぽを立てた。
まるで春の風が、国全体を包んだような気がした。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが、政治の屋根の上にも、
ようやく柔らかな陽が差し込んできた。
春光や 凛と立ちたる 声ひとつ